いのちのワークショップ [日々、学ぶ]
やっちゃ場でお世話になった秋田昌子さんの「いのちのワークショップ」に行ってきました。
秋田さんが小中学校を中心に100回以上お話をされてきた「トラさん」という秋田さんのおばあちゃんと家族のお話。
100歳越えて、残り僅かの命と医者から告げられたおばあちゃん。
残り少ない時間ならと在宅介護をはじめた。そこから三年。
おばあちゃんと家族の「ナマ」の生活。
「三年間頑張ったよね!」というハッピーなお話しではなく、「生きていく」中で生まれる素直な、そしてある意味強烈な想いを写真と伝えて頂きました。
人生の最期、ゆっくりと気持ちよく迎えようみたいな、甘い話ではない。
死を看取る人間にも、自分の人生があるわけです。
そして、最後を迎えようとしていてもその人間もまた生きている。
しかも他人ではなく、自分の身内である。そこでの葛藤は想像を絶する。
そんな中でも、子どもたちは普通の事のようにおばあちゃんと接し、遊んでいる。
介護なんて響きはそこにはない。生きているおばあちゃんと子どもたちの営みがある。
なによりもおばあちゃんも秋田さんも、秋田さんの子どもたちも
「真剣」に人生を生きている。
その点が、一番自分の心に刺さった気がする。
おばあちゃんが最後に秋田さんに伝えた
「死から考えれば、生きていればなんでもできる。」
という想い。
なんか自分は人生なめて生きているなあと感じたわけです。
打算で生きているなと。
もっと真剣に生きよう。
そんな想いにつなげてくれたすばらしいワークショップでした。
(※こんな場を作ってくれた秋田さんと友廣君に感謝!)
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秋田さんが小中学校を中心に100回以上お話をされてきた「トラさん」という秋田さんのおばあちゃんと家族のお話。
100歳越えて、残り僅かの命と医者から告げられたおばあちゃん。
残り少ない時間ならと在宅介護をはじめた。そこから三年。
おばあちゃんと家族の「ナマ」の生活。
「三年間頑張ったよね!」というハッピーなお話しではなく、「生きていく」中で生まれる素直な、そしてある意味強烈な想いを写真と伝えて頂きました。
人生の最期、ゆっくりと気持ちよく迎えようみたいな、甘い話ではない。
死を看取る人間にも、自分の人生があるわけです。
そして、最後を迎えようとしていてもその人間もまた生きている。
しかも他人ではなく、自分の身内である。そこでの葛藤は想像を絶する。
そんな中でも、子どもたちは普通の事のようにおばあちゃんと接し、遊んでいる。
介護なんて響きはそこにはない。生きているおばあちゃんと子どもたちの営みがある。
なによりもおばあちゃんも秋田さんも、秋田さんの子どもたちも
「真剣」に人生を生きている。
その点が、一番自分の心に刺さった気がする。
おばあちゃんが最後に秋田さんに伝えた
「死から考えれば、生きていればなんでもできる。」
という想い。
なんか自分は人生なめて生きているなあと感じたわけです。
打算で生きているなと。
もっと真剣に生きよう。
そんな想いにつなげてくれたすばらしいワークショップでした。
(※こんな場を作ってくれた秋田さんと友廣君に感謝!)
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2010-08-26 01:05
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